掬−鞠−球


 両手を球状にまるめて水をすくうのを掬(キク)というのだが、そのもとの字が「掬−手」(キク)である。むかし中国の春秋時代に、南の楚の兵が、北の晋の軍との戦いに敗れて、川を渡って逃げようとしたが、舟がたりない。漕ぎ出したばかりの舟の舟べりに、逃げたい一心の兵士たちがすがりつくので、舟は転覆しそうになる。すると無惨にも隊長が刀を抜いて舟べりにすがりつく手、手、手の指を切りおとして、舟を対岸へと向かわせた。『春秋左氏伝』という書物には、「舟中の指掬(キク)すべし」とのべて、切り離された兵士たちの指が、両手ですくえるほどであったと描いている。胸をえぐられるほど、むざんな光景ではないか。

 このキクという字の右がわ、つまり「掬−手」(キク)という部分は「米印+包という字の外がわ」からなっている。ばらばらに散ろうとする米つぶを外からまるく包んで、ぐっとまとめることを表した字である。

 ところで綿や糸くずなどを中に包んで、外からまるくまとめると、マリができあがる。昔「蹴まり」という遊びがあり、そのマリのことを鞠(キク)といった。数年まえ琴平神宮で古式の蹴まりを見せてもらったが、中国では近世まで行われた遊びであった。このキクの語尾が弱まってキュウとなると「球」という字で表される。

 掬−鞠−球は同系のことばで、いずれも「なかにたくさんのものをぐっと包みこんで、まるくマリ状にまとめた」という意味を含んでいる。

 ご存じのように、キクの花は球状になっていて、たくさんの小花をまるく包みこんだ姿をしている。そこで草かんむりをそえて「菊」と呼んだのである。「球状花序」という植物学上の名前は、キク科の特色をよく表している。

 「漢字の話U」(藤堂明保)より引用しました。

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